その「大丈夫」を今すぐやめたらいいのに!

親子に遭遇

時間マネージメントコーチの山中真理子です。

ZARAの通路でうずくまる親子を発見。
何ごとかと近づくと
どうやらおんぶしている赤ちゃんが寝たので、
つれていたお姉ちゃん(推定年齢3才)
抱っこ紐についている頭を支える
布のボタンを止めてもらうのにママはしゃがんでいたようです。

でも、お姉ちゃんなかなかうまくできずもたついていました。
そこで、私が

「やりましょうか?」と声をかけたところ
「いえ、大丈夫です」とおっしゃるママ。

こういうとき、私はいつも
【おせっかい大丈夫返し】という技を繰り出します。

「いえ、大丈夫です、プロみたいなもんなんで」と言って秒殺でボタンを止めました。

8年以上、毎週自分のベビー系教室で
ママたちの抱っこ紐を止めるのを手伝ってきたのですから勝手にプロ気取りです。

大丈夫の意図

今回に限らず 「何かをお手伝いしましょうか?」
と声をかけると「大丈夫です」と言われることがあります。

この大丈夫のあとに続く文は

大丈夫です、 お手数おかけするのも恐縮ですし
なのか
大丈夫です、あなた知らない人だし
なのか
大丈夫です、自分で出来ます。 いつもやっているし
なのか

今回の場合は
大丈夫です、子どもに覚えさせたいんで
だったかもしれません。
でもまあ、通路だしさ。

要するに
「大丈夫です」の後に続く文は受け取り手次第にも思えます。

人の好意や善意

不思議なことに
他人からの小さな善意は断るわりに
「夫が手伝ってくれない」とか
「世の中が子連れに冷たい」とかいう人がいます。

そういう人の望む「やってほしいこと」
見知らぬ人からふいに差し出される小さな善意とはちょっと違うのでしょう。

でも、私は
その小さな善意を受け取れない人は
なんらかのバリアをはっているような気がするのです。
「私、自分でやれるし!」っていうバリア。

それは中世に例えれば
馬車から降りるときに先に降りた紳士が差し出した手を
「大丈夫です」とパシッとはねつけるようなものです。(えっ?大げさ?)
いいですか、レディはそういう時、にこやかに紳士の手を取るものなのです!

 

迷惑をかけない!

私たち世代は小さい頃から
自分のことは自分で
人に迷惑はかけないように
と教わっています。

でも、自分でやれることでも
誰かが善意でやってあげるよ!っていってくれた時には
「ありがたき幸せ」と受けとる素直さも自分をラクにする気がします。
(レディは「ありがとうございます!助かります」に変換して読んで)

言ってみれば
抱っこ紐のボタンを止めたり、
ベビーカーを一緒に担いで階段を上ったりすることなんて、
「迷惑をかける」の範疇に入ってないのです。
なぜなら私たちはずっとそれを自分の子育ての中でやってきたのだから。

だから、もっと気軽に「ありがたき幸せ」を繰り出していいと思います

仕事でも

これは仕事でも同じ。
私もここ一年、 仕事でチームの誰かに「やっときますね!」
と善意で言われた時には「ありがたき幸せ」と受け取るようにしています。
そして、それをやらない代わりに自分はチームに必要な別の仕事をするようにしてます。

善意を受け取ったら、ありがたく頼んで
自分がやるべきことに時間を割く。
こんな風に書くと、さっきの誰かからの小さな善意にも何かお返しをしないといけないの?
と思うかもしれません。
でも、別に手助けしてくれたその人に返さなくてもいいと思うんです。

子連れの人がベビーカーに荷物をひっかけているのに
泣いた子を焦って抱き上げてベビーカーを倒してしまったら
サッと起こしてあげればいいし。(これ100回ぐらいやった気がする)

レストランで隣の席の子が何かをこぼしたら、
ポケットティッシュを素晴らしいコントロールで投げてあげればいいし。

電車で飽きている子がいたら、
変顔の一つもしてあげたらいいでしょう。

そんなことは、子育て期に身に着けているのだから反射的にできるはず。
ただ、なんとなく知らない人にやるとなると一瞬躊躇してしまうだけのこと。

善意は世の中を美しくする行為

 


私は中原淳一さんが大好きです。
彼の「一日一善」というコラムの中に
善意を「世の中を美しくする行為」と表現があり素敵だなぁと思います。

そのあとにつづく文章がすごく好きなので紹介しておきます。

「一日一善」より

よいことをするのに他人に恥じることはないはずです。
それがどうしたことか、よい行いをするのが恥ずかしいと思うことがあるものです。
善い行いをしない人があまり多いので、
自分だけしているので目立って恥ずかしいというためなのでしょう。

しかし、どう考えてもよい行いをしない方がずっと恥ずかしいはずなのです。
それはあなたがよい行いをしようと特に考えるから特に目立つので、
善い行いをすることをもっと身についたものにしたら
きっとそんなに妙に目立つようなことはないはずです。
ですから実行することに勇気と努力を忘れないで下さい。

よく旅行で外国に行ったときに町の人がサッとドアをあけてくれたり、
パッとベビーカーを持ち上げてくれたり、
すごく自然に温かい対応をされたという話を聞きます。

それが、きっとここでいう「身についた行い」なのだと思います。
もっと自然に自分のできることをして、受け取り手も素直になれたらいいものですね。
たとえ、あなたが「大丈夫」だとしてもね。

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